今日はバリアフリー大江戸線の全線開通記念日だ。
平成12年(2000年)12月12日、今年で9年。来年は記念すべき10周年ということになるが、なぜ「12」という数字にこだわったか。そもそも大江戸線(アンケート結果をはねのけての石原慎太郎都知事命名)は、正式名称を都営地下鉄12号線という。
1973年4月22日、その日、俺は車イスで一人乗りをしようとして小田急の駅で乗車拒否に遭った。JRは全国どこでも駅員がてつだって乗せることになっていたので、小田急でも7段の階段を頼もうとして、結果断られた。その後、対応をたしかめるべく手紙を私鉄各社に送り、各社すべて付添のない車イスは拒否して良いとする方針を表明、ここにいたって小田急線車イス乗車拒否闘争に発展した。
このころ、仙台で始まった車イスの街づくり運動はじめ、全国の障害者団体に運動への協賛、支援を呼びかけた。その際、連名してくれたなかに「地下鉄にエレベーターをつける会」があり、ここがめざしているバリアフリー路線が当時計画が進んでいた地下鉄12号線だった。
4月から始まった対小田急闘争は、最寄り駅へのデモ、周辺駅への署名活動、民鉄協や運輸大臣への陳情を経て11月、全線で車イスの一人乗りを認める回答を得て大幅に前進した。その後、私鉄駅はゆるやかながらバリアフリー化が進み、そのなかで地下鉄にエレベーターをつける運動も果敢に続行された。
そして9年前、大江戸線が開通された。
この大江戸線の誕生経過を見ても分かるように、交通バリアフリーに障害者運動が大きく寄与、推進していることは明らかであり、いつの世にも少数の有志の果敢な働きかけ、たゆみない運動の積み重ねが歴史を動かす一助をになっているということの証明でもある。
画像は上が南北線で下が大江戸線、段差のちがいが分かりますでしょ?
●感動のモノローグ●●アーカイブホンマタイムスより
『大江戸線車イス漫歩・前文』(嬉)!