毎週土曜日の夜はNHK総合『ブラタモリ』を楽しんでる。
この番組に親しみが湧くのはタイトルにもよる。というのも、オレは子どもの頃「ブラ」と呼ばれ、いい年したいまでも郷里の新潟養護学校などに帰ると、「ブラ」と呼ばれている。同窓会のある時期のことで、いまはその機会もない。
ブラの由来は落語の「寿限無」で、「じゅげむ じゅげむ ごこうのすりきれ」からはじまる口上の、中ほどよりすこしまえの部分の「やぶらこうじの ぶらこうじ」にオレの名前をかけ、当時ギブス技師だった黒鳥という男職員が付けたあだ名だ。
『ブラタモリ』にもどる。が、ちょっと横道にそれる。
今年3月2日のNHK深夜枠のニュースの時間、女性担当の司会者である桑子真帆が吉永小百合を迎えた。それがまた御高齢を迎えてなお綺麗なこと神々しいほどで、「永遠のアイドル」とは、なるほどああいう方をいうのか! と心底唸る思いだった。
それにしても不思議な人だ。「スター」ともてはやされた頃は、青春時代の小百合から「寅さん」マドンナもした吉永小百合まで、生なタレント、役者としてのスターでしかなかったが、テレビのドラマで夢千代を演じたあたりから原爆、戦争についての発言人、行動人としての「箔」を付けたのだ。
そして「いま」に至る。
用意された和室風のスタジオにでてきて、恐縮しきりの桑子真帆の手を取り、「いつも11時台の番組を見ていて……ファンなんですよ」と、天下の大スターにいわせたのだ。
もちろん、ここでオレが指摘するのは桑子のスター性ではない。吉永小百合の遠回しな「気配り」といおうか、めぐりめぐってタモリの「サユリスト」「憧れ心」にも返しているのだ、〈わたしも見てますよ〉と。
オレもおんなじだったから分かるのだ。
タモリを憶えていて、『ブラタモリ』を見て、そこで司会をしている桑子を知って、と番組の「顔」のループがめぐりめぐってそれぞれの番組に飛び火していき、視聴者を水先案内することにもなったのだ。
なんだ、あるんだねえー(笑)。