この映画を見るときは、DVDにも関わらずラスト近くのある一場面では正視を避けてしまうんですよ。でなければ、手の平で目隠しをして、指と指の間にわずかの隙間をつくってそこから覗き見するように、その場合にも恐る恐るといったように、です。
ネタバレになるのでそれ以上はいえないが、この中の一人が別の一人に殺され、それが白目を剥いて横たわる場面を、残る一人が名推理で想像する回想シーンになるのかな、そういうシチュエーションでした。
その原作をいま読み終わったところだ。
松本清張原作、野村芳太郎監督『ゼロの焦点』、最近、犬童一心という監督のリメイク作品もあるようだが、いまもって見る気もしないし見る価値も認めないのは好き嫌いの問題ではなく、時代が違いすぎるからだ。
米軍が進駐軍といわれてた時代、基地のある街では米兵相手の街娼が「パンパン」と呼ばれ、蔑まれて見られており、そんな彼女らを主人公にした映画だからだ。そんな映画がいまの人々に分かるのだろうか。
もちろん、俺にだって分からない。しかし、生きてきた時代がその当時に少しでも近ければ、何となく分かりそうな気くらいはするのである。第一、親たち周りの大人の口からは、「パンパン」ということばがリアルに飛び出したほどの時代だからである。
北陸、金沢の街並みと、能登の海と海を背景にした断崖がセットとなり、たしかに映画としても、これほど取り合わせのいい題材はないに違いない。おまけに白黒映画特有の荒涼感でラストの余韻は嫋々たるものだった。
しかし、昔は凄いよねえー。わずか1時間半ほどの映画のなかに、巨匠の最高傑作と謳われるほどの作品を閉じ込めてしまえるのだから。いや、自信のオススメ必見作!
いいですか。赤いカーテンバックに、赤い服着た女三人映ってるパッケージじゃないよ、これだからね、間違えないで!(笑)