3月も残すところ1週間あまり、今年も四分の一を過ぎることになる。俺はあと何分の一だろう、と、ついつい弱気になる。いざ、その時がきたときには、つごう良く落ち着いて旅立てるだろうか。なにしろ、その際の旅立ちはこの世との永遠の別れなのだから——うーん、弱気だな。
NHK大河の『真田丸』も四分の一か、といきなり次元が低くなった(笑)。
いや、まったく、大河なんかこれまで見向きもしなかったのに、こんなに熱心に視聴するとはどうした風の吹き回しか。別段好きな役者が出てるわけでも、原作者に関心があるわけでもなかったのに、って、一部作者を誤解してる俺(笑)。
池波正太郎原作じゃなかったね(恥)。
しかし、このたびの徳川家康像は、いろいろ視聴者の反響を呼んでるようだね。
実像はともかく、ドラマの家康像はなかなか剽軽なところもあって、共感をもともなう現実タイプだ。分かりやすくいえば「どこにでもいるオッサン」タイプだ。軽いといえば軽いが、いまどきの視聴者が見るにはちょうど良いサイズだ。
家康を演ずる内野聖陽、呼び名は「うちのせいよう」ということだが、〈どこかで見たことあるなあー〉と引っかかりつつ思い出せない。NHKはNHKなんだが、何で見たかすぐに出てこない。
と、ある時、なんの脈絡もなくふいと出てきた。
そういえば島田正吾御大の代表的時代劇ドラマ『十時半睡事件帳』に、毎回レギュラーのごとく出演してたなかに内野聖陽がいたなあ、と思い出した。放送は1994年9月だから20年ちかくもまえ、だから若い。いまならCSで放映してるようだが、その録画分かなにかあったはずだ。
時代劇というと、民放では日テレが『長七郎江戸日記』(里見浩太郎主演)、テレ朝『暴れん坊将軍』、TBSが『水戸黄門』『大岡越前』と、なんによらずチャンチャンバラバラの剣戟主体だが、『十時半睡』ほかNHKの時代劇には、チャンバラを主としない時代劇(「人情劇」というのでもない)——ドラマの世界が、たまたま「チョンマゲの昔」だっただけ、という時代劇がたくさんあって、それがことごとく名作の部類に入れられることになった。
おそらく、いまのドラマしか知らない視聴者がそれを見せつけられたら、おどろくに違いない。共感するか忌避するかはともかく、カウンターカルチャーなショックを受けることはまちがいないだろう。
(下画像は右が2年まえのNHK『asaichi』から、左が『十時半睡』での竹田新之助役)