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新宿名画座は歌舞伎町、というよりミラノ座の並びといったほうが分かりやすいだろう。CSで『特別機動捜査隊』を見た時、2つの館名を映した画面に、記憶の確かさを確認した喜びより懐かしさで叫んでたくらいだ(笑)。 この新宿名画座が、ある時期からピンク映画専門館に成り果てたのにはガッカリしたが、俺が通ってた1960年代後期はまぎれもない名画座だった。そして『上意討ち』に確かな記憶があるのは、あることがらからだった。 16ではいった大人の施設は、見わたせば親父くらいの年齢のおっさんばかりだった。10代はおろか20歳代も数える程度で、そのせいか周囲からはかわいがられ、それに気を好くして映画を見て帰った日の夜など下手な声色まじりの映画感想発表会だった(笑)。 「三船がカッコいいんだってば! 息子役の加藤剛相手に、こういうんだ。 良いか、与五郎!」 しかしこの記憶は違っていた(爆)。 主演の三船敏郎が語る相手は成人した息子与五郎ではなく、わずか三歳の与五郎といちの産んだ子、トミだった。押し寄せる藩の手勢に父母を殺され、いままたその父伊三郎も奮戦空しく絶えんとする刹那、笹原伊三郎役三船がいい遺すのだ。 「よいか、トミ。そちの父母がどんなに非業な最期を遂げたかよっく憶えておくのだぞ。そして将来そちは母のようなやさしい女に育ち、夫には父のような男を見つけて添い遂げるのだぞ。かならず、かならずともにな!」 諄々とそうさとしてこと切れるのである。 この『上意討ち』(副題「拝領妻始末」が滝口康彦原作のタイトルでもある)は時代劇に名を借りた「女性映画」といってよい。 ある日突然、「主君に楯ついた」という側室いち(司葉子)を、一家臣(加藤剛)の妻にと下げ渡されるが、家督を継ぐべき長男が急死するや、一転、次男を産んでおいたいちは次の後継者の実母、「そんな女を家臣の妻には棄ておけない。返上せよ!」と迫る。その理不尽。無理無道。「女は物ではない!」と怒る一家——といっても女親と次男は家督大事の日和見だから、この場合はいち本人と亭主与五郎、そしてその男親・笹原伊三郎(三船)3人の叛逆劇だった。 映画は前半をミステリー仕立てにして、その全体は概ね3つに分かれている。 いきなりの側室下げ渡しに、当の与五郎、伊三郎の父子ばかりか親戚一同困惑する前半。 しかし、「そんな藩命は拒否しろ」という親類縁者に対し、行き場のなくなるいちの身を案じた与五郎がいちの拝領を承諾し、結果双方ともに愛をはぐくみ合って新生活を築き、トミを身ごもるまでの中盤。この部分にこそ本作の命があった。 意地悪な姑をも立てて懸命に妻の役割を果たすいち。「こんないい嫁がなぜ殿の胸ぐらを!?」と、伊三郎含む父子の「なぜ」に対し、いちがその顔を苦渋に曇らせながら語った真実は…… 許嫁までいたいちを側室にという権力の横暴に対し、いちはいちなりに闘志を燃やした。「女の身なら、また自分のような不幸な女が。こうなったら何人でも男の子ばかりを。女は産まない!」そう思う一念でとにかく男児を出産した。 ところが産後の休養から帰ってみると、若い側女が殿の横でちゃっかりしている。その勝ち誇った単細胞顔に女の「無知」「無思慮」「存在性のなさ」を感じて「カーッ」となり、側女を打擲し、引きずり回し、返す手の平で松村達雄のバカ殿につかみかかる刃傷沙汰。 が、その話を聞いた与五郎も伊三郎も、こんどばかりは憑きものが落ちたようにいちを理解、「よいか、与五郎!」と、また言ってしまったが(笑)、「あのような嫁は六十四か国どこを探してもおらぬ良い嫁だぞ。大事にいたわってやれよ」と申し渡すのだ。 こうして後半は十重二十重と屋敷を取り囲まれての大剣戟となるのであるが……。さて、ここまで書いて、あらためて思うのだが、相手役の仲代達矢は何のために出ていたのだろう(右画像はDVDパッケージ)。ネットでもその批判しきりだが、『上意討ち』に仲代達矢がいる必要を認めないのは俺も同感だ(笑)。 ともあれ、この時に生まれたトミの生まれ代わりが、後には権三(三船)とも添い遂げられず、権三ともども官軍の銃撃に斃れるトミ(岩下志麻)かどうかは監督(岡本喜八)も違うし、時代も違う幕末だから分からない、いうのは映画『赤毛』のこと(笑)。(『忍者武芸帳』以下は次回) (上画像は『上意討ち』の一場面だが、これはめずらしい一枚だ。 いちと与五郎が殺されたあと、奮戦する伊三郎役三船敏郎だが、映画ではこの場面に至るまで、討手を迎え撃つ笹原の屋敷のなかを丁寧に描く。余分な畳は取り外して立てかけ、それ以外は「血糊で互いの足が滑らぬように」と畳を全部裏返しにしておくのだ。さらには竹矢来まで組んである。それら徹底したリアリズムに驚かされる、そういう時代だった) ●オマケリンク●●ユーチューブ『上意討ち』予告篇 斬殺音はどうでも、「カチン」「カチャン」という刀と刀のぶつかり合う音が独特でリアルに感じたものだった。
by web_honta
| 2013-09-29 16:02
| 映画大好き!
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